第40回千葉文学賞 佳作『赤い風』

この作品の受賞歴
第40回千葉文学賞の佳作に入選
 孝夫の乗ったバスは、落花生の収穫が終わり、黒い表土をさらしている畑地の原の道を、車体を震わせながら走っていた。畑には掘り上げた落花生を丸く等身大に積み上げたボッチがあちこちに立ち並んでいたが、乗客がそれを数えられるほどバスはゆっくり進んでいく。凸凹の激しい砂利道に車輪をとられて、バスは波がしらに乗り上げた小舟のように車体を傾けたりつんのめったりして、そのたびにギアを軋ませてエンジン音を響かせた。十一月一日から三日まで町の神社の祭礼で、珍しく満員の客を乗せていたのだ。それでもようやくバスは原を渡り切って、軒の低い家並みが続く市街地へ這いこんだ。
 市街地に入っても砂利道は続いている。いくぶん車体の震動がへっただけエンジン音が高くなった。吊り革にぶら下がっている孝夫の目の高さに民家の屋根があり、数日前に吹いた風が運んだ砂が積もっている。このへんの民家は強風を避けるために、屋根は低く建てられている。
 広くはない町だった。ほんの数分走れば、バスは終点のM駅に着く。駅に近づくと、急に賑やかになった。雑多な商店がたち並び、道路にまで商品が並べられ、祭りの客も加わって人の波が動いている。商店街というより、マーケットと呼んだほうがふさわしい雰囲気だ。孝夫はバスの床から飛び降りて、駅前広場を横切り、いま来た道路を戻るように早足で駅前大通りに出た。
 道の両側の平屋の商店が連なっている前に祭りの露店がでて、周辺の農家から人がつめかけている。祭りといっても、M町は明治のはじめ、それまで広大な原野だった北総台地の一角に、近県から農民や旧武士たちが移り住んで始まった開拓の町だから、特別由緒ある神社も華やかな催しがあるわけではない。孝夫の家族がずっとそうだったように、百姓はその日仕事を休み、煮魚や巻きずしをたらふく食い、こざっぱりとした服を着て、町にやってくる。そこでたった一台しかない山車を見学し、こどもは露店でリンゴ飴を買い、若い男女はこれも一軒しかない映画館で映画を観るだけだ。
 孝夫は露店にも祭礼大売出しの商店にも興味がなかったので、真っすぐ歩いていった。かれの目的も映画だった。三日も続けて農作業を休めるのは、正月と盆と祭礼の年三回しかない。孝夫は一日だけはかならず好きな映画を観ることに決めていた。しかも、昭和三十五年十一月一日はかれの誕生日だった。孝夫はその日、二十三歳になったのだ。
 映画館はしばらく大通りを歩いて、路地に折れた奥にある。孝夫は急いでいたが、背の低いかれは祭りの人ごみにさえぎられてうまく歩けなかった。人の群れは、こどもはこども、主婦は主婦、若い娘たちというように、五,六人づつグループを組み、勝手に動き回っている。こどもの多くは露店に群がり、主婦たちは洋品店や呉服店で熱心に品定めをしていた。それは孝夫の好きな西部劇の一シーン、たとえば、日曜日に町の教会へ礼拝にきたカウボーイの家族が、帰りに雑貨屋で日用品を買い求めている光景に似ていた。
 冬季、北総台地のこの一帯は北西の季節風が吹き荒れると、周辺の火山灰土の軽い土を巻き上げて猛烈な砂あらしになる。それは赤い風と呼ばれていた。野も町も砂ぼこりにおおわれ、空は茶色に染まり太陽も見えない。数メートル先の物も判別できない。砂ぼこりが壁のようになって押し寄せてきて、道路を歩くことすらできなかった。町全体が泥水のなかに浸かったようになる。これと同じような砂あらしを、孝夫は西部劇のシーンに観たような気がした。
 映画館へ曲がるかどの商店に挟まれたせまい空き地に、開拓記念碑と小作争議記念碑が並んで建っている。明治初年、不毛の原野を開拓した入植者たちの苛酷な生活と、大正から昭和にかけて、小作料をめぐって地主と小作人のあいだで争われ、警官隊が介入したほどの激しい小作争議が、この町の歴史を貫く背景になっている。石碑の裏にはその事実が多少美化して悲壮な文句で記されているが、孝夫が読んだのは中学生の頃一度だけだ。さらに第二次大戦後の食料難の一時期、町は農作物のヤミ取引の中心地として、異常な活況を呈した。家畜のような開拓の生活を強いられてきた人たちは、生きぬくためには法を犯すことも不道徳も屁ともおもわなかったから、商人も農民も金儲けに走り回った。町全体がヤミ市のようだった。友人の高敏が、並べてヤミ市記念碑も建てるべきだといったのを孝夫は覚えている。
 路地の奥の小さな広場に面して、「M第一銀映」があった。屋根の上の原色の看板と、切符売場と横にはられたポスターがなければ、米俵を入れる倉庫と変わらない木造の建物だ。
入り口には着飾った娘たちが、五、六人たむろしていた。彼女たちの顔や手足があまりに赤いく日焼けしていて、晴れ着はよけい真新しく見えた。なかには孝夫の顔見知りの娘もいたが、彼女たちはかれを無視して真横を通っても知らんふりしていた。
 館内に入ると、上映時間なのに、スクリーンにはなにも映っていなかった。暗闇のなかで、客席がざわめいている。おかしいな、休憩時間ならあかりが点いているはずだ。不審に思って天井を見上げて孝夫は、すぐに納得した。フィルムが切れて、映写技師がいま懸命につないでいる最中なのだ。天井に張りついた箱のような映写室のなかに、しきりに動き回る人の影があった。
 入り口からスクリーンに向かう通路に赤い火をいれた容器がところどころ置いてある。ぼんぼりが並んでいるようにみえたが、暖房用の練炭コンロだった。そのわずかな明かりを頼りに孝夫はそろそろと足を進めて、通路ぎわに空席をみつけて座ることができた。
 腰をおろしてすぐ、孝夫は後ろの席から肩を叩かれた。闇に目を凝らすと、近所に住む四十過ぎの男が笑っている。顔はよく知っていても年齢が違うので、あんまり話したことはない。床屋にいってきたばかりとみえて、ポマードの匂いがする。男の浅黒い顔と塗り固められた頭髪がやがてはっきりと見えてきた。男は愛想よく話しかけてきた。
「落花生掘りも麦まきもおわったか?」
 落花生を収穫し、跡地にすぐ麦を播きつけねばならない十月中旬から下旬が一年中でいちばん忙しい時期だった。大陸的気候といわれる北総台地は乾燥して寒さが厳しい。十センチもある霜柱が地表をおおう季節が迫っているのだ。霜がくる半月ばかりの間に、屋敷をとりまく広い畑の落花生を堀りとり、乾燥してボッチに積み、麦畑の畝を立て、種を播き終えねばならなかった。
 落花生は地面から直接扇状に茎葉が生える草たけ五十センチほどの作物である。花は茎につくが、そこから針が垂直に地表に下りて地下にもぐり、先端に身を着ける。鍬を使って掘りとったあと、実と根を上に畑に並べて数日天日に干す。それをさらに乾かすために、高さ二メートル足らずの円すい型に積み上げたものがボッチと呼ばれていた。先端に雨よけのコモをかけ、横からはからっ風が吹き抜けるので、落花生の乾燥には最良の方法だった。
 しかし、掘りとったばかりの落花生は、根にも実にも泥がついている。それが乾くと、落花生の木に触れただけで、火山灰土の軽い土は灰のように舞い上がる。ボッチ積みは一日中、ほこりを浴びての作業だった。手ぬぐいでマスクをすると、呼吸する部分だけ、濡れて真っ黒になる。耳の穴もけももの耳のように汚れ、夕方鼻をかんだら、ほこりが煙草の吸いがらの形で鼻の穴から出てきたことがあった。喘息もちの孝夫の母はボッチ積みが苦手だった。二,三日やるとたいてい発作を起こして寝込んでしまう。
 男はさらに話しかけてきた。
「おめえの落花生はは、おれも畑のそばを通るたびに見てたけど、最初からホキ(生育) がよかったな。肥しはなに使ったんだ?」
 やっぱりそうなのかと、孝夫はおもった。親しみがあって男は話しかけてきたわけではない。その家の作物の出来がよいと、相手が若者であろうと機会があればそのコツを探り出そうとする男の打算なのだ。
 孝夫は男に振り向いて話しながら、無意識に通路に片足をだしていた。そこへ若い女が闇のなかの傾斜のついた通路を、手探りでおりてくるのに気がつかなかった。女が悲鳴をあげた。かれの足に靴のヒールをひっかけたのだ。女は畑のうえを滑空するカラスのように両手を広げてスクリーンに向かってつんのめっていった。女は倒れそうな体を支えると同時に、練炭コンロを蹴るのを避けねばならなかった。何度か床に這いそうになって、最前列まで行ってようやく踏みとどまった。周囲から笑声があがり、女は近くの席にもぐりこんだ。孝夫は立ち上がって、どうも済みませんと頭を下げたが、聞こえたかどうかはわからなかった。
 映画がおわって孝夫は映画館を出たが、まだ西の空に陽は残っていた。白っぽい光が浮いて、周りの人波で混みあう町を歩きながらかれは、このまま真っすぐに家に帰るか、居酒屋でビールでも飲んでゆっくりしていくか迷っていた。しかし母、ヨシの喘息が数日前から悪化していて、昨夜近所の家の小型トラックを頼んで町の医者へ連れていったばかりだった。簡単な診察のあと、症状をやわらげる注射をしておいたが、これ以上発作が続くようだったら大きな病院に入院させたほうがいいでしょうと、医者は素っ気なくいった。孝夫の家は、母を入院させる余裕などなかった。父の多一に貯えがほとんどないのを孝夫は知っていた。終戦後、集落のだれもがヤミの物資に手を出して蓄財にはげみ、その頃経営の基盤を作ってしまった。体面を気にする多一にはそれができなかったので、今だに生活に追われている。実直とは、つまり無能のことではないか。黙々と働くだけの父に、孝夫はときどき心のなかで毒づいてしまう。母が入院するとなれば、自分が趣味のカメラを買うために貯めた5万円を引き出させねばなるまい。
 けさの朝食の支度は孝夫がした。大根の味噌汁にたくあんと麦めし、祭りの朝なのに、いつもと同じ食事になった。母の寝床に食事を運んでいくと、母は、だれかうちに嫁にくるいい娘さんいないかねえと、ため息混じりに、しかもかれの顔色を探るような目つきでいった。心当たりはないのかという意味らしかった。嫁が欲しいのは、おふくろよりもおれだとかれはいいたかった。農繁期を乗りきるには若い女の労働力が必要だが、少し仕事が暇になると体の内側から揺さぶってくる荒々しい力に耐えねばならなかった。
 駅前の広場の両側には、バスが三台ずつ、真横に停めるとお互いに鼻先がつかえるので、進行方向に向けて斜めに停車している。くすんだねずみ色のバスの列は、河辺で背中の泥を乾かしているワニの群れを連想させた。二時間に一本しか通らない列車の客を待って、各方面にバスは一斉に発車するよう時刻表は組まれている。どのバスもエンジンを始動して発車するばかりだった。
 目当てのバスに乗り込んで、孝夫は最後部の席に座った。バスは思ったより空いていた。振り向いてバスの窓から町のようすを見ると、露天の周囲の人波がいくぶん増えてきたようだ。祭りの町はこれからが賑やかになるのだ。このまま帰るのが勿体ない気がした。小柄で色黒の女の車掌が寄ってきて、不愛想に孝夫に行き先を尋ね、切符を切り、かれの支払った硬貨を腹のカバンにしまった。突然背中で、バシッという何か折れるような音がした。乗客は驚いて顔を見合わせた。運転席にいた運転手がバスを飛び降りて、駆け出していった。車掌も後を追っていく。気がつくと、かれの後の窓ガラス全体に網のような細かい亀裂が入っていた。ガラスは壁紙を貼ったように真っ白になり、町の風景が遮られている。ガラスが割れたのだ。しかし、なぜガラスが割れたのだろう。自分の背中はガラスから三十センチも離れていて押したはずがない。とすると、だれか外から石でも投げたのか。
 運転手も車掌もなかなか戻ってこなかった。ほかのバスは次々と発車していき、孝夫の乗ったバスだけが取り残されていた。孝夫はもうしばらく運転手が帰らなかったら、町へ出ていってしまおうかと考えていた。ようやく車掌だけが帰ってきた。車掌はかれのそばにきて腕をつかみ、「ちょっと待合室まで来てくれませんか」といった。
 ほこりのこびりついたガラス戸を開けると、ベンチに運転手と若い女が並んで座っていた。運転手は紺の制服のボタンを全部はずし、肥った腹を突き出して腰かけている。あみだにかぶった制帽は、後頭部にわずかに引っ掛かっているだけだ。それは運転手が自分を威嚇しようとしている仕草だということはわかった。しかし、孝夫にはなぜ威嚇されねばならないかはわからなかった。
「よう、あんちゃんよ」運転手はいった。
「いま、このねえちゃんがおれのバスのガラスをぶっかいたのを白状したんだけど、もとはおめえのせいだというじゃねえか」
 孝夫はまだわからないので黙っていた。車掌は、孝夫が逃げ出すのを防ぐかのように、かれの横に立ちはだかっている。
「つまりだ、さっきおめえは映画館でこのねえちゃんに足を引っ掛けて恥をかかしたんべえ。ねえちゃんはおめえの顔を覚えていたんだな。駅に来たら、おめえがバスの後ろに乗っているのを見た。こんどは仕返しに脅かしてやろうとおもって、バレーの選手がスパイクでもやるみてえに飛び上がって、おめえの頭の後ろのガラスをぶっくらしたってわけよ」
 孝夫は驚いて娘の顔を見た。この華奢な体のどこにそんな力があったのか。だが、娘は実際バレーボールの選手だったに違いない。スカートの下の長すぎる脚がびっちり斜めに重ねられて、床に伸びている。
「運転中の事故だったら会社にも言い訳がたつし、保険がきくかも知れねえ。だけどよ、停めておいたら若い娘がジャンプしてガラスを割りましたといったって、信用してもらえねえよ。おれはこのねえちゃんにガラス代を弁償してもらいたいとおもうんだが、ねえちゃんは金が無いという。そこで相談だが、おめえにも責任があるんだ。幾らか出してもらえねえか」
 運転手はどうせこいつも金は無いんだろう、出さなくとももともとだというように、小馬鹿にした態度でいった。孝夫は運転手の話を、うわの空でしか聞いていなかった。かれは娘の美しさに見とれていたのだ。
 娘がうつむいていたので、斜め前に立った孝夫には体の背面しか見えなかった。娘は細身だったが、硬い直線の部分はどこにもない。肩から背から腰にかけて、腰から脚にかけての線が、ゆるやかに起伏しながら豊かな曲線を描いて流れ、やさしい輪郭をつくっていた。長い髪の半分が肩に、半分が床に向かって垂れている。髪は黒く重そうで、極細のはがねの繊維でできているように光っていた。髪の間から、よく動く大きな眼と、丸い頬と、少し上を向いた鼻が見えた。
 孝夫は突発事故とはいえ、この娘と関わりができたのが、幸運におもえてきた。この関わりが持続できるなら、少しぐらい金を払ってもいい。かれは最初、修理費の半分を負i担しようとおもった。だがそれではいかにもセコい。かえって軽蔑されるかもしれない。問題はいくらかかるかだった。
「ガラス代幾らかかるんですか?」
「五万といいたいところだが、中古の部品を使って三万5千ってところかな。三万にまけとくよ」
「それ全部、おれ、払います」
 娘はうつむいた顔をふり仰いで孝夫を見た。かれが真剣なので急いで立ち上がり、かれの両手を握り、顔が孝夫の肩に載るほど近寄ってお辞儀をした。小柄な孝夫は、娘に抱きすくめられた格好だった。かれは自分が途方もなく善いことをしたような気分になった。
「おめえ、なかなか話がわかるじゃねえか。そうと決まったら早いほうがいい。この次はおれ、あさっての三時にこの駅にくる予定だ。そん時にこの待合室で金貰おうか。ねえちゃん、あんたが張本人だから立ち合ってくれよな」
 運転手は手帳を出して、孝夫と娘の住所を書き取った。
 翌日、孝夫は町の郵便局まで自転車で貯金をおろしにいった。かれは畑に落ちている縄文土器の破片に興味があって、この日は千葉市の博物館の「縄文展」を観に行く予定だったのを変更したのだ。午後は青年団の仲間が小学校の校庭を借りて野球をやると聞いていたので、それに参加することにした。
 一時すぎ、孝夫が校庭に着くと、すでに二十人ちかい仲間たちが仕事着のまま集まっていた。小学校は校庭が広すぎて、スレート葺きの赤い屋根の校舎は、こじんまりして絵本の挿絵のようだ。校庭の周囲の畑にはボッチが立ち並んでいて、そのあいだに小さな筑波山が見えた。暖かい日だった。男たちはズボンのすそをまくり上げて、はだしで校庭に散らばっていた。べつにきまったメンバーによる、ちゃんとしたチームがあるわけではない。集まった人数をふたつに分けて、チームができた。この日最初に守備についたチームにはレフトが二人いた。孝夫は人数が多いので途中で交替することにして、一塁側の芝に座っていた。
 ピッチャーはなかなかストライクが入らなかった。速い球を投げようとして力みすぎ、コースが定まらないのだ。つぎつぎとランナーが塁上に立った。出塁したランナーは、セカンド、サードと砂けむりをあげて滑り込んだ。たまにピッチャーが真ん中に投げると、軽く打ち返されて、くわえたばこのサードの前に転がっていく。慌ててサードがハンブルするあいだに、またランナーが走り抜ける。校庭はパチンコ台のようだった。ツーアウトになったところで、守っていたチームが「もうチェンジだ、チェンジだ」といって引き上げてしまった。仕方なく攻撃側がグラブを受け取って守備についた。
 守備についたチームのピッチャーは高敏だった。高敏は高校時代野球部でショートを守っていたが、ひねくれた性格で監督と合わず、一年たらずでやめたという話だった。青年団に属していても多忙を理由にめったに出てこなかったし、顔を見せたときもすすんで他人の話
に加わることはなかった。野球は農休日のたびにやっているのに、きょうが初めてだ。左の眼がいくぶん斜視だった。
 高敏の球は遅かった。しかし高敏はくせ球を内、外たくみに投げ分けて、ボールをバットの芯に当てさせなかった。三振二つとキャッチャーフライですぐにチェンジになった。
「もう一人まけとけ」三次がいってバッターボックスに立った。三次は六尺を超える大男で、校舎の屋根にふつける大飛球を打てるのはかれだけだった。「外野バック、いいか、打たせるぞう」高敏は振り向いてセンターに声をかけ三次を煽っておいて、超スローボールを投げた。ベースにボールが届くまえに三次の体は一回転していた。「畜生」三次はくやしがったが、残りの二球もカーブでバットにかすらなかった。「バカ、ボールをよく見ろ、ボールを!」いつもの孝夫だったら、苛立って怒鳴るところだろう。だが孝夫はいつになく気持ちが優しくなっていた。ぶざまな三次を笑ってみていられるのは、きのうあの娘に出会ったからだ。それは自分でもわかっていた。一人の女性の存在が心のなかにあると、こんなにも柔らかな気分になれるものかとかれは不思議だった。
 高敏がマウンドをおりてきて孝夫のそばに座った。
「ナイスピッチングだ。またきて投げてくれよ」
「嫌だね、おれは。こんなの馬鹿らしい」
 孝夫はしばらく間をおいていった。
「やっぱりミヨセン組は嫌か」
 落花生のサヤの中には、丸く肥えた桜色の粒だけが入っているとは限らない。しなびて赤茶けた細い実やそれが黒く変色したものさえ混じっている。下級品として安く売られることもあるが、食用にも、もちろん種子にもならないので捨てられるだけだ。それは「ミヨセン」と呼ばれていた。同じ青年団の仲間でも、休日には気の利いたやつは恋人を連れて千葉へ映画でも観に行ってるか、谷津遊園まで足を伸ばしているはずだった。もてない、女にあぶれた者が、一緒にいく相手もいく場所もなくて、やけっぱちになって野球をやる習慣がいつの間にかできていた。もてないのは、貧乏しているか、頭が悪いか、顔が不細工か、そのどれかに該当しているからだった。かれらは自分たちのグループを卑下して、ミヨセン組と自称していた。
「おれだって自分がミヨセンだってことはわかっているよ。おれがミヨセンでなかったら、ど真ん中の速球で勝負したろうが、スピードも無いのにいい球を投げれば打たれるに決まっている。変化球で勝負するしかないんだ。実力もないのに、正面からふつかっても駄目だから、何事にも工夫して生きていくしかないんだ。女だって、おれがまともに好きだといっても返事もしてくれないだろう」
「三次を空振りさせたスーカーブで、女もなんとかならないか」
「単細胞の三次と違って娘たちは利口だよ。あいつらはおれの財布の中身も昼めしのオカズも、何もかもお見通しだ。おれ以上におれがミヨセンだってことを知っている」
 内外野から歓声があがった。一塁ランナーが二塁ベースに頭から突っ込んだのだ。濃霧が湧いたような砂ぼこりが上がり、二塁手はキャッチャーからの送球を無視して逃げ出した。高敏はうす笑いしていった。
「すごい迫力だな。まるでセカンドベースに裸の女でも立ってるみたいだ」
 試合は日没まで続いた。ベースをかたずけたあと、そろって大衆酒場に押しかけた三次たちと別れて、孝夫は高敏を町外れの焼鳥屋に誘った。広い空き地に建っているバラックの焼鳥屋は、のれんさえ無ければ公衆便所のようだ。ガラス戸を引いてなかに入っても小便くさい。モツと小便の臭いは似ているからだ。この店は、夏でもストーブが置きっぱなしになっている。前歯が二本しかないじいさんが手ぬぐいの鉢巻をしてモツを焼いていた。「チュウ太郎、もらおうか」高敏は焼酎を注文してからいった。
「おれ、百姓やめて町を出るかもしてない。来年、叔父さんが千葉でガソリンスタンドを開業するんで、おれに手伝ってくれというんだ。どうせ配達だけだろうが、こんな所にいるよりはいい。ここにいちゃあ、嫁も貰えないからな」
「畑とにわとり、どうするんだ」
 高敏の家族は戦後、松林を切り拓いて入植した。畑が少ないので、副業に養鶏をやっている。
「当面おやじたちに続けてもらって、おれが結婚でもして落ち着いたら、両親と妹を呼び寄せようと思っている。もっともおやじは生れ故郷の信州の松本に帰りたいらしい。おれも一度だけ行ったことがあるが、松本は城があってリンゴが咲いていい所だ。赤い風が吹く、がさつな人間ばかり住んでいるこんな殺伐とした町とはおお違いだ。だいたい、もとは自分が開墾者のくせに、おれを開墾、開墾とバカにしやがって、孝夫がいうようにここは西部の町だ。駅前をのし歩いている、いかつい顔つきの抜け目なさそうな連中が、ピストルを下げてないのが不思議なくらいだ」
「ピストルを下げてた男ならそこにいるじゃないか」
 孝夫は焼鳥屋のじいさんの顔を見ていった。じいさんは聞こえているのに、わざととぼけた顔をしている。
 戦前の小作争議の頃、若かったじいさんは地主の用心棒に雇われて、鳥取の漁村からこの町にやってきた。小作人の襲撃を恐れて地主は外出時には、実弾を籠めた拳銃を和服の帯に挟み、じいさんにも一丁持たせて連れ歩いていた。だが、じいさんの拳銃は弾が無かったし、錆びていて実際に撃てるかどうかわからなかった。たまにテンプラ油で磨いていたがあんまり光沢が出なかった。カネにめっかってしまってなと、じいさんは照れながらいった。地主の家に住み込んでいたじいさんは台所にテンプラ油を盗みに入り、ついでにつまみ食いをして、女中のカネに見咎められた。それが縁で恋仲になり結婚したが、カネは戦後間もなく結核で亡くなったという。
「孝夫、おめえはいつまでもこんなところにいるつもりか?」
 いつまでもいるつもりかといわれても、祖父がここに住み着いて以来、三代にわたってここの土地を耕して生きてきたのだ。ほかへ行こうといる気は無かった。農作業以外経験のないかれには、どうやったら生活していけるのか見当つかない。しかし、このまま結婚する相手がいなかったら、いずれ百姓をやめて、どこかへ行くしかないだろう。何とかきのうの娘を説得して、友だちかそれ以上の関係になれないものか。とりあえず町に一軒しかない喫茶店「アリゾナ」に連れていって話してみよう。
 いきなり荒々しくガラス戸が開いて、酔った三次がふらつきながら入ってきた。
「この野郎こんなところにいたのか。汚ねえ球ばかり投げやがって。男だったら堂々と勝負しろ」
「どんな球投げようとピッチャーの勝手だ。頭が空っぽだからひっかかるんだ」
「なにお、外に出ろ」
 三次は高敏の襟首をつかんで引きずりだした。孝夫も一緒に出ようとすると、じいさんが眼で止めた。しばらくは何ごともないようだったが、声高に罵りあう声に続いて、地面を蹴り激しく体がぶつかりあう音と荒い息遣いが聞こえてきた。
「見物人がいなけりゃ、いまにバカらしくなってやめるよ。若いのに、あてがうものをあてがってないから、気が荒れてケンカばかりしてるなあ」
 じいさんはぼそりといった。孝夫はその時、バンという破裂音に似た音を二度聞いた。
「あれっ、どっちかピストルを撃ったぞ」
「バカいえ、三次がトタン塀でも蹴とばしたんだろう」
 十一月三日、孝夫は朝起きて一番に町の床屋へいった。いったん帰ってきて、一張羅の背広にアイロンをかけた。早めに昼食をとり、背広を着てバスに乗り、三時三十分前には、バスの待合室に着いていた。
 三時きっかりに運転手が現れた。運転手は愛想よく、制服のボタンもちゃんとはめている。ご苦労様、といって封筒に入った金を数えもせず受取ると
「ねえちゃんは、どうした?」と聞いた。
「まだ来てないみたいです」
「若い娘は気が変わりやすいからな」
 運転手はそのまま自分のバスの方へ歩いていってしまった。三十分、一時間、二時間、三時間、娘はついに現れなかった。
 大晦日の夕方、孝夫はM駅で下り列車を降りた。千葉市内の病院に入院している母のヨシに洗濯物を届けての帰りだった。祭りがおわって間もなく母は入院し、暮れ近くなって肺炎を併発した。覚悟しておいてくださいと医者にいわれたが、やや持ちなおして、どうやら正月は越せそうだった。自分の乗るバスを確認するために広場の手前で立ち止まった孝夫は、
あの時の娘が長いコートを着てかれのそばをすりぬけていくのを見た。孝夫は駆け寄って娘を追い越し、振り向いてなじるような口調で聞いた。
「なぜあの日、来なかったんですか?」
 娘は怯えた表情を見せたが
「急にブタまれたんです」
 と、いってまた歩きだした。ブタまれたは、ブタ産まれたの意味だった。娘の家で飼っている母豚が急に産気づき、彼女は子豚を取り上げるのに忙しくて出てこられなかったというのだ。それならわかると、孝夫はおもった。養豚農家にとって豚の出産は重要な仕事だ。そんな理由があったのなら、まだ脈はある。孝夫はさらに追いすがって娘にいった。「そこのアリゾナへいってコーヒー飲みながらすこし話しませんか」
 娘はバスの床に駆け上がると孝夫を見下ろしていった。
「悪いけどわたし、あなたには興味も関心もないんです」
 太った車掌が娘を護るようにかれの前に立ちはだかり、ドアを閉めた。バスの走り去った広場に小さなつむじ風が跳ねていた。風のうずは二、三度場所を移しあと、低い駅舎の屋根に飛び乗り、線路の向こうに消えた。孝夫は正月早々、赤い風が吹くかもしれない、いや吹けばいいとおもった。  (完)