『恥ずかしいこと』

 高校生の頃、ぼくはかなり太宰治に熱中したことがあって、太宰の作品ならすみからすみまで読みつくしたつもりでいたが、二十年あまりたつとどこに何が書いてあったのか、すっかり忘れてしまっている。それでもただひとつ、『人間失格』の冒頭の「恥の多い生涯をおくってきました」という主人公の独白だけは妙にはっきり憶えている。
 人間、生きてゆく事はすなわち恥をかく事ではないのか。どんな立派な人間だって恥をかかずに生きられるわけないんだという。太宰が常々いわゆる世間の良識ある人間に対して放っていた挑戦的思想をおもえば、この一節はきわめて暗示的である。
『人間失格』を初めて読んだ時のぼくは高校生だから今より多分純粋だったはずで、恥の多い生涯という言葉には、つよく心を惹かれたのだが、二十年あまりたった現在でもそれを憶えているのは、ぼく自信もまた、もの心ついた頃から現在に至るまで恥ずべき行為や愚行をくり返し、あとでそれを思いかえして恥ずかしさに全身を熱くする。そんな経験の連続だったからだろうか。
「恥」と「恥じる」では意味が違う。「恥」は客観的事実だし、「恥じる」はその人の感じ方、主観の問題である。ぼくの場合は当然、恥ずべき事を恥じていたうえに、今考えるとつまらないこと、友人たちだったら恥と思わないことにさえ恥じていたのではないかと、少しは気をとりなしてみることもあるのだが、そのうちにまた新しい恥をかくはめになってしまう。
 小学生のころのぼくはどういうわけか、学校へ新しい服を着てゆくのが恥ずかしくてたまらなかった。当時は物資不足の時代で、新しい服なんか着てゆけばクラス中の注視をあびるのはあたりまえで、それが恥ずかしかったのか、それとも新調の服を着て晴れがましい、得意な気分でいるのではないかと思われるのが恥ずかしかったのか、たぶん後者だったのではないかと思う。
 自分の肉親、つまり両親や兄弟を他人に見られるのも、そのころのぼくにはもっとも恥ずかしいことのひとつだった。
 母親が学校へ忘れ物を届けにくると、ひったくるようにして奪いとり、早く帰れとせきたてた。同じ小学校の低学年に弟がいて、よく似ていると云われるのも実に嫌だった。ぼくの弟だからみっともない格好をしていて、それを実の弟だと云われるのが、ぼくの恥ずべき単純な理由だったが、さらに、弟という、いわは自分の分身を鏡で写しているようにたえず眺めていながら、またそれを他人の眼にさらしているやりきれなさは、まさに恥ずかしいとしか云いようがなかった。
 いまのぼくなら、女房や子どもと一緒にいるのを人に見られてもそれほど恥ずかしいとは思わないだろう。でもこの間、女房と二人で街へ買い物に行った時のこと、ぼくが健康のために食べている玄米を少しばかり、知人のお店で買うことにした。自分で買うのが恥ずかしいので女房に買わせることにして、「間違ってもヒガキだなんていうんじゃないぞ」と念を押すと、女房は、「わたしだってあんたと夫婦だなんて思われたくないわよ」と捨てゼリフを残して店へ入って行ったが、ぼくは店の前にとめた車の中で見つからぬよう首をすくめていたのである。
 ぼくは家庭とか家族というものは、所詮舞台裏であって人に見せるものではないという気が人より強いのかもしれない。だいたい家庭というものは、つつましいものである。
 すし屋で特上のにぎりを注文する男が、家ではかつおのかんづめでめしを食っていたり、たしか乱歩の小説にあったように、上等の服をふだん着にして無造作に着こなしていた男が家へ帰ると、それを女のようにていねいにたたんでいたり、家庭とはそんなせこいところなのだ。
 またぼくは、肉親の情つまり夫婦愛とか親子の愛情を美しいと認めないわけではないけれども、反面その愛は、本能的、生理的なものであるだけに、自分のそれを人前であからさまにして、人に知られたり気づかれたるすることは、極端に恥ずかしいのである。だから、運動会のグランドへ出て我が子をカメラに収めるなんて芸当はできそうもない。たぶん親がどんなに年をとっても、手をひいて道路を横断することもしないと思う。
 前に読書感想文の応募原稿をМさんに見てもらいに行ったとき、Мさんはこともあろうにぼくの前で声を出して読み上げたのである。ぼくはもじもじしながら、安岡章太郎の小説の文句ではないが、「彼女は黙っておならをした人のような顔をした」そんな恥ずかしいようなてれたような顔つきしていた。
 ぼくは人に自分の文章を読まれると、その下手さ加減に加えて、自分はほんとうのことを書いていない、体裁のよいウソを書いているんだという意識が先にたって恥ずかしいのである。自分の書いた文章の偽善性を人に見抜かれているんじゃないかと思えて冷や汗をかいているのである。それにしても偽善とは何と嫌な言葉だろう。
 悪いことをすれば誰でも恥ずかしいが、善いことをしても恥ずかしいのは、善行にはどことなく偽善の匂いがつきまとうからだ。善行も文章を書くこともそして女にほれることも、それはすべて心の弱さのなせるわざのような気がする。それが恥ずかしいのである。
 こうしていろいろぼくの恥ずかしさについて書き連ねてみると、それは劣等感と見栄っぱりと心の弱さに起因していることがわかる。
 ぼくは幼いころからいつも恥ずかしがっていて、そのために子どもらしい素直さのない屈折した心をかかえて成長したのである。Hさんのように、ひとつのものを信じてひたむきに生きることに、あこがれてはいてもできなかった。その意味でHさんに対してもぼくは恥ずかしい。
 ぼくは高校を出て間もないころ、やはり読書会と似たようなサークルに所属していたことがあって、その時の仲間に詩を書いている男がいた。
 詩人の卵にふさわしく、女のように優しい容姿をした男で、話をする時いつもはにかんでいた。ところが彼は、道で知人に出合っても、恥ずかしくてこんにちわという簡単なあいさつさえ出来なかった。それだけの理由ではあるまいが、後に彼は自殺してしまい、何をばからしいと評する者もいた。だがぼくには、彼の気持ちはよくわかっていた。
 知人とはいえ、特別心の交流のない人たちに、にこやかな顔であいさつするのは、社交に名をかりた偽善にほかならない。誠実であればあるほど無愛想にならざるを得ない。しかしそれでは円満に社会人として生活するのは不可能だったのである。生活のために、自己や他人を偽り、むしろそれを世間の常識として何気なく通りぬけている者の多いなかで、純粋な人間だけが、恥を感じ、思い悩み、傷つき、そして破滅してゆく。
 太宰の云いたいことも実はそこにあったわけで、かれは世間で権威といわれている人間、つまりみじんにも恥を感じていない人間の偽善性をあばこうとした。太宰が志賀直哉につっかかっていったのはその理由からだろうが、結果が犬の遠吠えにすぎず、志賀にとってはのみに食われたほどの痛痒もなかったろう。
 恥ずかしいという感情は純粋さの証明でもある。ぼくは恥ずかしがってばかりいても日和見、妥協ばかりで純粋だなんていえた義理ではなく、おもに心の弱さがために恥をかいてきたのだけれども、生活や保身のために、いやいや恥ずかしいこと、心に染まぬことをするときは、自分は一生こんなことに馴れることはないだろうという気持ちになることはある。